*エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラ・第4身体(メンタル体)*
〜メルマガに連載中の過去の原稿から〜

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《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第39回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―1》
  マウントフジフラワーエッセンスからみたエネルギーボディ(サトルボディ)、エネルギーワークをテーマに、今回からは、第4身体(メンタル体)のお話となります。

 第4身体(メンタル体)の特質のひとつとして、私達の精神、こころというものが、いかに様々なものを創り上げる力を持っているか、といった事が関わっています。
 しばしば、私達のこころが創り上げたものは、時には、現実以上にリアルで、大きなものとして感じられるものです。

 私達のこころ、想像する能力は、現実世界では成し遂げられないような事を、いとも簡単に成し遂げてしまいます。こころは、外側から何の邪魔をされる事もなく、宇宙の果てや訪れた事のない国に行ったり、歴史上の人物や伝説上の生物と出会ったり、また、スピリチュアルであれドラマティックであれリッチであれ、望み通りの人生を送ったりも出来るのです。
 そして、想像する事には、現実世界での大変さ、例えば、時間とお金をかけたり、技能を修得したり、地道に努力したり、あるいは、法律を考慮したり、といった必要はありません。こころで思い描くという事は、外側の様々なものからは全く自由であり、誰もが可能な、とてもパーソナルな事柄なのです。

 アーティスト達の想像の力による創造によって、彼等がこの世界で表現する絵画や文学も、第4身体(メンタル体)の能力が関わっています。彼等の第4身体(メンタル体)次元での創造が、現実の行為を通して、三次元世界で具体化されると言ってもいいでしょう。また、時には、第4身体(メンタル体)次元の、彼等に共鳴するエネルギー的なサポートもあるかもしれませんね。

 余談ですが、私自身、元々はイラストレーターだったのですが、描く世界に全面的に入り込んだ時には、ある種の状態になります。そして、信じられない短時間で本1冊分の絵が仕上がったり、今迄にない作品が出来上がったりと、自分で成し遂げたとは思えないような、驚く事が起こったりもするのです。
 特に瞑想等をしていなくても、アーティストの中には、個が消えるかのようにその創造の中に入っていった時、三次元世界を超えた不思議な体験をしている人が少なくないのではないでしょうか。

 神秘体験やサイキックな事柄の多くは、第4身体(メンタル体)の特質と関わっています。
 また、こころの源、創造主である第4身体(メンタル体)は、時には、望んでいる事柄を想像の世界で創り上げ、その幻影を真実だと錯覚してしまう事もあるのです。
 神と交信したり、天使からメッセージを受けたり、離れた場所や未来を読み取ったり、神秘的な悟りを得たり……。  今のこの世界では、多くの不思議な事柄について、それが本物であるか偽りであるか、証明する事は出来ないのです。

 第4身体(メンタル体)には、多くの可能性と共に、障害となる危険性もある事から、古より、とりわけ東洋の霊的な修行の道においては、この領域に入って留まってしまわないように、と言われ続けています。
 微細な第4身体(メンタル体)ではありますが、そこで起こる神秘的な状態や能力を極める事は、純粋な霊的成長や目的とは無関係です。プロセスで起こるものだと意識しておく事は、それを更に超えた領域へと開かれる手助けとなります。そうすれば、第4身体(メンタル体)の特質も、また違った意味合いと働きを持ってくるでしょう。

 これは、エネルギーワークを行うセラピストにとっても、大切な事柄だと言えます。セラピストがその事に意識的であり、理解しているかどうかで、セッションの在り方と質は違ってきます。そして、その可能性は、第4身体(メンタル体)から始まる、とも言えるのかもしれません。

 マインドを鎮め、操作や判断を手放し、宇宙が自分を通して表現するのを許すサポートとなるマウントフジフラワーエッセンスに、シャクナゲ(ペイルピンク)があります。
 シャクナゲ(ペイルピンク)は、あらゆる人のハートの内奥に存在する、命あるものへの慈悲、いたわり、思いやり、尊敬、感謝の気持を育んでくれます。あらゆるものが、ただそのままである事を邪魔せず、くつろぐ事へと。
 ヒーラーやセラピストをはじめ、人をケアする仕事をしている人にも役立つフラワーエッセンスだと言えるでしょう。くつろぎとは逆の方向へと自分自身を追いやり、何かが違うと感じた時に。
 スピリチュアルな道を歩む人達には、保護のボトルとなってくれるでしょう。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第40回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―2》
 前回、第4身体(メンタル体)の特質、私達のこころによって行われる想像と、それが及ぼす創造の力について書きました。前回例に挙げたように、アーティスト達は、第4身体(メンタル体)の次元で作品を創造し、それを現実世界で創作しているわけです。
 アーティスト達の作品というと、特別な能力のように思うかもしれませんが、第4身体(メンタル体)次元での創造のメカニズムという側面では、基本的に、私達が日常で行っている事と変わりません。例えば、愛する恋人や、大好きな亡きペットや、しばらく行っていないお気に入りの場所や……。こういったものを想像したり夢見る時、私達の第4身体(メンタル体)は、アーティスト達と同じ事をしているのです。

 また、時には、第4身体(メンタル体)のメンタルレベルの創造の力は、あまりにもパワフルで、現実以上に魅惑的で・・・。そこで溺れかかってしまう事もあるのです。

 そんな第4身体(メンタル体)の特質から、タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」をふと思い出しました。主人公のこころの内にあるものを、惑星ソラリスを覆うプラズマ状の海が創造し、それが彼の眼前に現れるといった内容でした・・・。

 霊的な修行のプロセスにおいて第4身体(メンタル体)が活性化すると、想像と創造の力が増していきます。眠らない、断食する、特殊な呼吸をする、規則的にマントラを唱える、エネルギーを外に漏らさない、外的刺激を遮断する、といった条件は、それを呼び起こします。初心者が自己流でこれらの修行を行うと、メンタルな領域でバランスを崩したり、現実感覚が混乱する危険性があります。

 神秘的な体験に圧倒され、それ自身をゴールだと、たどり着いたと思い込んでしまう事は、霊的成長を真摯に求めている者にとって、障害となり得ます。
 そういった事から、師や先生をはじめ、霊的な道のりの中でどのような人達と出会うかは、大切な要素だと言えるでしょう。セラピスト、ヒーラーについても然りです。

 その一方、第4身体(メンタル体)の想像と創造の性質は、ある時点では役立つとも言え、そのメカニズムを理解し、プロセスの中で使いこなしていく事は可能です。
 例えば、セラピーの分野で、イマジネーションを使ったセルフワークがクライエントに役立つ事は知られています。アーティストや発明家のように、この世界に何かを形作るという行為へ、現実化へと発展させている人達もいます。
 また、東洋の伝統的な修行の中には、ある時点の技法として想像の力を利用し、次の段階ではそれを手放したり、幻影として認識するように、段階を経て進んでいくよう組み立てられたものもあります。つまり、霊的な成長という観点では、究極のゴールではないと分かった上で、使っているのですね。

 いずれにせよ、ヒーラーやセラピストの意識がどこにあるかで、その臨在により、場のエネルギーを通して伝達されるものがあります。それは、習う内容や技法といった行為とは全く関係ないところで、起こっているものです。

 個人的には、高い次元へとすっきりとつながっていく可能性の伝統が、日本にあると感じています。実はそのようなところから、自然な流れでマウントフジフラワーエッセンスは誕生しました。
 講座に来られた方々は、マウントフジフラワーエッセンスでのセッションの在り方が、今迄馴染みのあるマインドで予測していたものとは全く違う事から、最初は驚かれる事があります。でも、回を追うごとに、マウントフジフラワーエッセンスの多次元的な作用と共鳴し、エネルギーボディ(サトルボディ)を体感する事で、新しい領域での理解へと開いていかれます。この“在り方”の基本は、バッチ博士のフラワーエッセンスの講座においても、深いところでは同じです。

メ ンタル次元での創造を三次元世界での創造として現実化していくサポートとして、マウントフジフラワーエッセンスのオダマキがあります。
 エネルギーの創造的な使い方に理解をもたらすオダマキは、内側であたためてきたものを、創作や発表として、現実に創り上げたり、実行する時に役立ちます。否定的な想像をしがちで、その現象化に恐れている人にも。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第41回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―3》
 前回、前々回と、第4身体(メンタル体)が、メンタル次元のパワフルなクリエーターであるといったお話をしました。
 第4身体(メンタル体)の次元で起こる、神秘的で魅惑的な体験。それは、時として、私達に、幸福感、至福感、至高体験をもたらします。だからこそ、私達は、その体験に容易に入り込んでいくのです。「惑星ソラリス」の主人公のように……。何度も体験したくなったり、ずうっと続くようにと、願ったりもしながら。

 瞑想をされている方は、瞑想のプロセスで起こるこういった現象を、ご存知かもしれませんね。それが印象的であればある程、あの体験をまたもう一度・・・、と執着が起こったりしてしまうのです。

 肉体だけでなく、エネルギーボディ(サトルボディ)にも深刻なダメージを与えるドラッグ等による正の作用よっても、こういった状態は引き起こされます。多幸感、見えないものが見えるといった知覚変容、インスタントな悟りのような状態がまた体験したくなって、依存症になっていくわけです。

 また、メンタルな創造による現象の背後には、外側から得た情報、先入観といったものが、大きく影響を与えている事も少なくありません。例えば、「大天使○○はこんな姿をしている」といった知識が、その通りの幻影をメンタル次元に引き起こし、要点ではない部分にとらわれてしまう事もあるのです。

 前回も書いたように、セラピー、ヒーリング、修行法において、ある段階で、何らかのテクニックを使い、こういった作用を意識的に役立てる事もあるでしょう。例えば、呼吸を使って、特定の姿勢を使って、イマジネーションを使って、トランスに導いて……。

 人が無意識であるならば、たとえドラッグからでなくても、この第4身体(メンタル体)の心地よい夢、魅惑的で神秘的な心の作用には、同一化しやすいものです。
 もし、霊的な成長を求めているのであれば、ここがゴールではない事、その先へと成長していく可能性を持っている事を、意識している事が大切でしょう。

 心がもたらす様々な創造と距離をとり、自分自身の心と同化せず、選ぶ事なく気づいている事、観照している事。その可能性もまた、第4身体(メンタル体)の次元から始まります。

 下位の3つのエネルギーボディ(サトルボディ)の次元、そして、上位の次元との間に在る第4身体(メンタル体)には、どの方向にでも行き得る様々な選択肢が内在しています。そこから落ちる事も出来るし、昇る事も出来るのです。
多くの可能性、潜在性が、この第4身体(メンタル体)の次元にはあります。

 マウントフジフラワーエッセンスのセッションの際には、チャクラやエネルギーボディ(サトルボディ)等の微細なエネルギーをリーディングしたり、フラワーエッセンスからメッセージを受け取ったり、エネルギーボディ(サトルボディ)を整えたりと、ちょっと神秘的な方法をとります。これだけを説明すると、「それってサイキックなんじゃないの?」と思われるかもしれません。でも、外側の世界ではそのような動きをとりながらも、行為の次元に焦点をあてているわけではないのです。

 メンタル次元で起こる事に巻き込まれる事なく、現実に根付いている為に、マウントフジフラワーエッセンスの「変化を超えて再誕生する」が役立ちます。
 自分自身のこだわり、縛りに気づき、新しい次元へと移行出来るよう後押ししてくれるボトルです。出来事や変化を、距離をもって見守るサポートにも役立ちます。
 スピリチュアルな成長の時期にいる人には、自分自身の本来の個性をクリアにしていくプロセス、あるいは、問題だと思っている事柄との付き合い方のパターンを理解していくプロセスに有効です。
 非現実的な世界に沈溺している時には、原液のまま、特に下半身のオーラに噴霧しましょう。肉体に引き戻し、現実感を取り戻させてくれます。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第42回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―4》
 第4身体(メンタル体)の次元で起こる神秘的で魅惑的な体験は、それが瞑想や修行によるナチュラルなものであれ、ドラッグ等で人工的に引き起こしたものであれ、願望や知識がもたらした偽りの幻影であれ、その段階に捕らわれてしまう事は、霊的な成長を妨げてしまいます。
 この事は、たとえ第4身体(メンタル体)の体験が偽りではなく真実であったとしても、変わりはありません。霊的成長を歩んでいる者にとって、そこは要点ではなく、通過点なのです……といった事を、これ迄書いてきました。

 集合的にみて、今のところはこの世界をリードしている文明国の多くは、第3身体(アストラル体)が活性化しています。中には、ビジネスやスポーツ等の世界において、メンタルな創造といった第4身体(メンタル体)的な機能を取り入れている先駆的な人々もいます。ですが、広く集合的に見ればまだ一般化したものとはなっておらず、第3身体(アストラル体)寄りであるとも言えるでしょう。

 今の世界では、第4身体(メンタル体)の次元に関わるいわゆる神秘的な事柄は、誰もが気軽に体験したり、現実的に証明する事が出来ない“特別”なものと見なされているが故に、それに憧れる人もいれば、反発する人もいます。
 例えば、ヒーリングの領域で使われるような、表面には現れていない情報を読み取ったり、離れた場所の何かを感知したりといったサイキックな能力。
 素直で無垢な人は、こういった能力を持つ人は、平凡な自分とは違う人達なのだと、仰ぎ見るかもしれません。現実に根付いた知的な人は、非現実的なまがい物だと、距離をとるかもしれません。
 肯定であれ否定であれ、どちらであったとしても、そこには、“特別”だという認識があります。

 そう、まだこの世界では、第4身体(メンタル体)の領域は“特別”であり、特殊なのです。そして、その“特別”だという認識故に、その周辺で様々な事が起こったりもするのです。
 第4身体(メンタル体)の偏った世界に入り込んで方向性を見失っている誰かが、自分自身のみならず、時には他者をも巻き込んで、偽の幻影に翻弄されてしまったり。
 この領域において無意識であるなら、いつもこういった危険性は伴います。意識的であれ無意識的であれ、第4身体(メンタル体)のサイキックパワーの誤用や、いわゆるブラックマジックに陥ってしまうわけです。

 サイキックパワーの使い方に、下位のエネルギーボディ(サトルボディ)の状態が、反映してくる事も少なくありません。
 例えば、第3身体(アストラル体)のアンバランスさ故に、自分や他者にたくさんの判断や批判を下してしまったり。特別な人になって、他者をコントロールしたり。
 第2身体(エーテル体)が関わってくると、愛という名目で感情的に誰かを囲い込んだり、逆に、人間的な側面を否定する事もあるかもしれません。

 いずれにせよ、今のところ、それが真実であれ幻であれ、第4身体(メンタル体)のそれらは、当分は神秘的で不思議な事柄として、私達の間で扱われ続けるのです……。
現実からは自由な心がもたらした、不自由な制限。これを、第4身体(メンタル体)は、どのように超えていくのでしょうか?

 霊的な次元と現実のバランスをもたらすマウントフジフラワーエッセンスに、「霊性と物質世界を統合する」があります。
 スピリチュアルな事柄への極端なこだわり、現実生活との分断が、生きていく事を不自由にしていると感じる時に。
神秘的な体験や力にとらわれたり、特別な人にならなければと自分を強いたり、ありのままの自分でいなくちゃと奮闘したり。そんな時、このボトルは「問題のポイントは何?」と、問いかけます。
 また、このボトルは、スピリチュアルなワークに関わっている人が、エゴのフィルターに自覚的になるサポートとしても役立ちます。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第43回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―5》
 第4身体(メンタル体)の次元と関係するサイキックな事柄、神秘体験、不思議体験、至高体験が、それが外側から学んだ知識から、あるいは期待からもたらされた投射であったとしても、そうではないものであったとしても、それは霊的な成長の通過点であり、ゴールではないという事について、書いてきました。
 そして、その次元に留まりやすい理由として、まだこの世界では、そういった次元での体験が一般的でなく、証明出来ないものであり、特別なものだと認識されている事が、多少なりとも絡んでいるという事も。
 また、下位のエネルギーボディ(サトルボディ)のアンバランスが、サイキックの誤用、パワーゲームといった、自分自身や他者との関わり方に影響するとも。

 自分自身のメンタルな領域、思考の領域と同一化している時、私達は、第4身体(メンタル体)の次元の魅惑的な体験にのめり込んでしまうのです。
 それは、幻の世界を自ら創造し、際限なく続いていくその中に、どっぷりと浸かって生きているようなものだと言えます。私達がそこから引き上げて、より上から“現実”を見ない限り、次々と幻を紡ぎ出す事にエネルギーは使われ、それは延々と続いていくのですね。

 マウントフジフラワーエッセンスのセッションで、クライエントさんのエネルギーボディ(サトルボディ)をリーディングすると、それぞれのエネルギーボディ(サトルボディ)の境界のようなものが明確でなかったり、偏っている場合があります。下位のエネルギーボディ(サトルボディ)がアンバランスな時、神秘的でサイキックな状態が、不健康な形で病的に引き起こされる事は少なくありません。場合によっては、メンタルな次元において起こっている混乱に対して、本人がそれを自覚していない事もあるかもしれません。
 このような状態が引き起こされたきっかけとして、不自然で極端な技法、大きな心的負荷、過去のトラウマといったものが関係している事があります。気軽に薬物に手を出した為、後に長期に渡りバランスを崩す場合もあるでしょう。

 また、感受性豊かな思春期のお子さんも、一時的にこういった状態を体験する事もあるものです。
 バランスよく食べ、動き、眠り、現実の事をしっかりと行う、といったあたり前の生活をする事が、エネルギーボディ(サトルボディ)の調和と健康を取り戻すサポートとなるでしょう。
 第1身体(フィジカル体)から第3身体(アストラル体)の下位のエネルギーボディ(サトルボディ)に対して、第4身体(メンタル体)は趣が違ってきますが、日常の中で、マウントフジフラワーエッセンスをはじめ、フラワーエッセンスを活用する事も、非常に役立つものだと言えましょう。

 気づきという質が生まれない限り、私達は、第4身体(メンタル体)の次元に巻き込まれ続けます。幻を紡ぎ出す事への同一化から退き、起こっている事に気づいている事で、私達は、その領域の外側に出る第一歩を踏み出します。言い換えると、起こっている事とは違う次元から観照する事、と言えるかもしれません。
 それは、メンタルな次元で起こる何かを否定したり、別の何かを選択したりする事ではありません。心の次元で次々と創造した際限のないもの、そのどれもが、私達そのものではないのです。表層で起こる雑多な事に対して、何かをしようとしたり、戦う必要はないのですね。

 一定期間ストレス下にいる時、それがエネルギーボディ(サトルボディ)の不調和な状態として凍りついてしまわないように助けてくれるマウントフジフラワーエッセンスに、シキザクラがあります。
 長期に渡ってつらい時期が続いている時、暖かさと軽さを与えてくれるシキザクラは、エネルギーボディ(サトルボディ)が不調和な状態で硬直しないように助けてくれます。
 人生における、いわゆる失敗や間違いの体験をきっかけに、自分自身に向けられた否定的感情が続いたり、あるいは、最初は外側へと向けられた感情が長引いた為、自分へと方向性が変わっていった時にいいでしょう。不運を嘆くうつ状態、麻痺状態に役立ちます。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第44回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―6》
 第4身体(メンタル体)で起こる魅惑的な体験を超えていくには、それらと同一化せず、一歩退く事。そうする事で、その領域にエネルギーは向かわなくなります。
 退くという事は、次々とやってくるものを否定したり、戦ったり、あるいは、別の何かを選んだり、他の何かに置き換える、といった事ではありません。それらも、メンタルな次元での同一化という意味では、同じなのですから。

 心が引き起こす様々な様相は、たとえそれがとても素晴らしいものであったとしても、次から次へと来ては去っていき、変化していき、別の次元に上昇する事はないのです。

 それらのひとつひとつに興味を持つのではなく、より大きなものとして、違うところから見ている事によって、その作用や性質への理解が生まれ、巻き込まれなくなっていきます。それは、選り好みする事なく、無条件に全てを受けとめる、という事だとも言えるのかもしれません。

 この事は、マウントフジフラワーエッセンスのセッションにおいても、大切にして頂きたいポイントのひとつとして、講座でお伝えしています。
 神秘的なフラワーエッセンスの世界は、第4身体(メンタル体)の次元が関係していると言えます。勿論、花達との深く微細な交流には、第4身体(メンタル体)が関わっています。でも、そこに気づきがなければ、そこから上昇してはいけないのですね。

 第4身体(メンタル体)の神秘的な領域を体験した時、私達は、そこに巻き込まれてしまう事もありますし、巻き込まれずに見ていられる事もあります。その違いには、気づき、観照という質が、重要な鍵となっていると言えるでしょうか。
 これは私の経験からですが、元々巻き込まれにくく、そういった体験や特質に過剰反応しない、現実的かつスピリチュアルな人もいます。もしかしたら、古から、下位の領域への修行を積み上げてきた歴史が、あるのかも。

 いずれにせよ、第4身体(メンタル体)のこういった側面は、注意深く扱う必要があります。
 エネルギーワークのセッションの場合、メンタルな領域に病理性があると見受けられるのであれば、基本的に、第4身体(メンタル体)次元への直接的なワークは避けた方がよいケースが多いでしょう。
 例えば、マウントフジフラワーエッセンスのセッションですと、他の次元のバランスがとれている部分を広げる事をしたり、問題の領域から出来るだけ“離れた”領域に働きかけるといった作業を行います。

 セッションで、一般的に多くのクライエントさんにとって、働きかけるのに安全で、実際に役立ち、必要となる多くは、第1身体(フィジカル体)〜第3身体(アストラル体)の次元です。
 
 バランスよく食べ、動き、眠り、現実の事をしっかりと行うあたり前の生活が、エネルギーボディ(サトルボディ)の調和と健康に役立つと前回書きましたが、第4身体(メンタル体)の想像や創造に巻き込まれ、バランスを崩しそうな場合は、肉体の次元に意識を向けるといいのです。まず、いつも現実に在る肉体から、スタートする事です。

 否定的な体験が否定的な思考を膨らませ、メンタルな領域に影響を与えている時、マウントフジフラワーエッセンスのダンコウバイが役立ちます。
 ダンコウバイは、人間関係における辛い体験をきっかけに、ネガティブな想像にはまり込んで、生活全般に悪循環が起こっている時に役立つボトルです。
 心の中のネガティブな連鎖をストップし、その反対側にあるポジティブな側面、エネルギーの方向性の力に意識を向けさせてくれます。心の創造の責任、それを、ダンコウバイは思い出させてくれるのです。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第45回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―7》
 第4身体(メンタル体)が関わる、メンタル次元で引き起こされる様々な現象に巻き込まれる事なく超えていくには、それに対して何もせず、ただ見ている事。それは、私達の本質は心ではない、という気づきの始まりです。私達の本質が肉体の各部分ではないように、心が創り出す雑多なものも、私達の本質ではないのです。

 ところで、肉体レベルで異常が認められない、つまり、生物学的要因がはっきりとしていなメンタルな次元での不調和や困難の多くは、身体疾患の分類には入れられていません。メンタルな領域での疾患は、肉体の疾患のように、その本体や構造を明確に見る事が難しいという事。機械や数値から判断するような、生物学的マーカーがほとんどなく、状態や経過から診断を付ける為、しばしば診断名が変化する事もありますし、診断者によって診断名が違う事もあるかもしれません。その為、著名人の病名が変更されたり、すぐには特定出来ない事で、単純に“ヤブ医者”だとみなすのは、ちょっと違うのですね。

 広い視野で見ると、誰にも肉体レベルでのエネルギーブロックがあるように、メンタルなレベルでもエネルギーブロックを持っているものです。意識の究極を体験した聖人から見たら、全ての人がそうだと言えるでしょう。来ては去って行くメンタルな創造が、自分自身だと思っているのですから。

 心とは、肉体のように、眼に見え、触れられるものではありません。また、肉体よりも、とても早いスピードで変化していくものです。
 そんな心について、しっかりと外側から観ている事は、肉体を観察するよりも、ずっとずっと難しいのです。「私は、○○だ」、「私は、○○でない」と、無意識的に心に同一化している連続が、毎日の生活のほとんど……。というより、限りなく全てなんですね。瞑想にでも興味のない限り、多くの人が、“心を覚めて観察する”という事自体、考えた事すらないかもしれません。

 また、一般的に、身体的な疾患と比較して、メンタルな疾患に対しての方が、今の時代では特別視されがちです。例えば、「心臓病」と「欝病」が与える印象の違い……。それは、どれだけ自分自身のメンタルな領域に同一化しているかを表わしているものとして、私達自身に投げ返されるのです。

 マウントフジフラワーエッセンスの講座が進み、エネルギーに繊細になっていくにつれ、参加者の方々は、自分自身の心の作用に対して意識的になっていくと共に、植物や自然に対して、見過ごせないようになっていきます。

 花達は、いつも、偏見や判断なく、ただシンプルに開いて、今ここにいます。心がくつろげない時には、花達のエネルギーを、内側に取り入れてみて下さい。マウントフジフラワーエッセンスのそれぞれの花達が持っているエネルギーの質は、私達の内に、元々存在しているものです。来ては去って行く本質ではないものの背後に、マウントフジフラワーエッセンスは共鳴するのです。そのエネルギーのサポートと共に、自然界の呼吸と寄り添った、肉体がくつろげるリズムを大切にして下さいね。
 瞑想者にとっても、マウントフジフラワーエッセンスは役立ってくれます。

 自己承認、自己受容をもたらしてくれるマウントフジフラワーエッセンスに、「自己肯定と許し」が役立ちます。
ありのままの自分自身を認め、愛し、くつろぐ為のボトルです。
 様々な外側からの影響で、私達の多くは、自分を不完全だと思い、欠乏感や罪の意識が、深く迄染み込んでいます。その事は、私達を、喜び、楽しさ、快適さ、シンプルさとは逆の方向へと努力させ、人生を、複雑で、困難で、痛みのあるものにしているかもしれません。そして、他者にも、同じ条件を強いる事へと連鎖しているのかも。
 「自己肯定と許し」は、こういった欠乏感や罪悪感から、自由になる為のボトルです。何かに置き換えたり、戦ったりするのとは違う、新しい在り方で。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第46回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―8》
 私達が、心を自分自身だと思っている事の、何と多い事でしょう!
 メンタルな次元で、超スピードで、次から次へと動き、変化していく思考……。古い知識や新しい知識から、いずれにしても過去の知識から、次々と様々な思考を選択し、手放し、また選択し……。ある思考が選択され、次にはそれを否定する思考が選択され、「私は○○だ」、「私は○○ではない」、あのイメージ、このイメージと、「私」は、休む事なく変化していきます。

 例えば、複雑で、馴染みのない用語が飛び交う情報に接した時、それがその人の体験の深みからではなく知識からのものであったとしても、受け取った知性は満足するかもしれません。そして、獲得したその新しい枠組みで考え、想像する事で、「分かった」と思ったり、時には、魅惑的な幻の体験をするかもしれません。でも、それが、リアルな体験を受け取る事との距離を作り出し、メンタルレベルの緊張や混乱が増してしまう事もあるのです。
 たくさんの知識を集める事を通して、第4身体(メンタル体)の次元から上昇する事は出来ないのですね。むしろ、邪魔になる事も少なくないのです。
 私達が無意識であるなら、ある種のマインドコントロールや偽りの影響を受け、心のバランスを崩してしまう事もあるでしょう。

 第4身体(メンタル体)の現象、つまり、心が織りなす雑多なものへの同一化に覚めている事、その作用に巻き込まれない観照者である事が、更なる可能性へと上昇していく鍵となります。
 心の作用自体を観察する事で、私達は、「心」ではないところで、それに気づき始めます。心への同一化と創造から、離れていきます。
 思考、言葉、イマジネーションといった事柄の向こう側にいつも在るスペース、沈黙へと、第4身体(メンタル体)は開かれていくのです。下位のエネルギーボディ(サトルボディ)では発達していなかった特質の可能性が、やっとここで芽吹くのですね。

 思考、感情、感覚、行動、環境、出来事、夢、時間、集合的事柄、といった表層の領域に作用しながらも、中心では、別の次元に同時に在る事への可能性から始める事。そこからスタートするフラワーエッセンスへの渇望もあって、マウントフジフラワーエッセンスは誕生しました。
 また、私自身、そういった領域にフォーカスしていく質を有するフラワーエッセンスだと感じているのは、友人のサンバブアが開発したインドのフラワーエッセンスオブザブッダフィールドです。

 フラワーエッセンスに関わらず、この次元を超えていく可能性として役立つ様々なものが、古も今も東洋に多く存在しているのは、興味深い事です。

 時々、マウントフジフラワーエッセンスの講座で、第4身体(メンタル体)次元の幻が消えていく体験をする方がいます。ある人は、特定の条件で起こる神秘的な事を楽しみにしていたのが、講座で自分と向き合うようになり、現象が消えてしまいました。自分が創造した幻だとどこかで気づいていたと、偽りが落ちていく事を承認し、現実と向き合っていった事で、家族関係が変化していきました。

 自分自身を見つめていく事に役立つマウントフジフラワーエッセンスに、タチツボスミレがあります。
タチツボスミレは、芭蕉の俳句にも詠まれ、日本全国で見られるスミレ。
 このフラワーエッセンスは、ひとりくつろげるスペースが必要な繊細な人が、外へと出て行く時、護られた感覚、柔らかな保護の結界を創造してくれます。
 また、弱さの背後にある強さ、霊的な芯の強さに気づかせてくれるフラワーエッセンスです。例えば、無垢な子供やペットが、家族の集合的な問題を、何らかの不調和や症状として引き受ける弱さ。その弱さの背後には、強さやふんばりが隠されています
 タチツボスミレには、雑多なものが入り込まない、神聖な結界を作る作用もあります。ヒーリングスペースをはじめ、護られた場の創造にいいでしょう。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第47回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―9》
 時空の影響を受ける肉体の次元よりもずっとずっと微細なメンタルな次元の創造は、ある意味、とても強いとも言えます。思いは、肉体が持つ強靭さとは違った質の強さを持っています。それは、肉体という固い制限を超えて拡大もするし、肉体の存在不在に関わりなく、留まり続けたりもするのです。

 思考、言語、想像といった心が紡ぎ出す創造、それらを選別したり、判断したり、戦ったりする事なく、高みに在ってその作用の全在り様を観照する事。そんな時、第4身体(メンタル体)のメンタル次元の創造は、ただ流れ、動いていく自分ではないものとなります。自分自身が気づきとなり、同一化から離れていくのです。

 その時、様々な「特別」に見えていた現象が、霊的成長とは関係のないものだと理解するかもしれません。そして、この世界に確実に存在していると思われる様々な現象もまた、幻のようなものであると理解するかもしれません。

 動き変化するメンタルな創造の背後で、変化する事なく在るスペースへと、意識を向ける事。第4身体(メンタル体)の深い次元にあるスペースに落ち着く事で、私達は、第4身体(メンタル体)の動きの世界を超えていけるのです。

 第4身体(メンタル体)であるメンタル体の特徴である、空、そして直感。
 普段、日常の中で、私達は、表層の動きや変化に意識を向け、思考や様々なものと同一化しています。いとも簡単に、そこに向かってしまうのです。
 そしてまた、それより深い次元にある喜び、肯定的な感覚もまた、動きの世界だと言えます。でも、それをあえて上手く使う事が出来たなら、表層の変化の世界から、中心の空っぽさへと入っていく踏石となってくれるでしょう。
 何故なら、私達は、肯定的なもの、喜びや幸福感、受容、感謝、共感、赦し、オープンさに対して、それに開いている事には抵抗が少なく、心地よく、楽だからです。

 何かを変えようとするのではなく、それらを抱きしめる在り方は、あらゆる動きや変化が、空っぽさに包まれ、溶け込んでいく事へと誘ってくれます。
 広がりの次元で、内と外はなくなり、何に頼る事もない、「ただの一体感」が開花し始めます。それは、第2身体(エーテル体)の溶け合いとは異なる、深いところで全てはひとつであるといった体験です。

 言葉と言葉の間、吸う息と吐く息の間、図と地との狭間、思考のギャップには、空っぽさの体験への入口があります。
 思考と思考のギャップで気づき、観照する質が現れ、思考への同一化が少なくなってくると、第4身体(メンタル体)の緊張はほどかれ、くつろいでいきます。そして、そのくつろぎが、更に気づきを拡張していくのです。

 肯定性、至福感、受容、感謝の感覚を喚起してくれるマウントフジフラワーエッセンスに、シャクナゲ(ピンク)があります。
 今ある事への喜び、起こる事への全面的な信頼とつなげてくれるフラワーエッセンスです。シャクナゲ(ピンク)は、体験の記憶に色付けされない、無条件の可能性に開いてくれます。シンプルな理解へのシフトは、感情とは違った層の、中立な受け止めをうながしてくれるでしょう。
 ダンスの時に使用すると、祝福の感覚をハートに広げてくれます。ダンスに没頭する時、私達の第4身体(メンタル体)は活性化しているのです。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第48回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―10》
 言葉と言葉の間の沈黙、行と行の空白、吸う息と吐く息の中間、図と地との狭間、思考と思考のギャップ……。そんな眠りと目覚め、思考と観照を行き来しながら、私達は、目覚め、観照の拡大と共に、思考、知識、幻への同一化から、徐々に離れていきます。私達は、肉体でもなく、心でもなく、エネルギーボディ(サトルボディ)でもない(この回でこれを書いてしまっていいのやら……)、のですね。

 第1身体(フィジカル体)〜第3身体(アストラル体)から第4身体(メンタル体)になると、ちょっとエネルギーの趣きが変わってきます。霊的な次元へと進んで行く上で、この最初の特別な次元、心的次元における危険性について書いてきましたが、実際、思う程には、この次元が活性化している人は、そんなにはいないと言えましょう。多くが、言葉や知識に置き換えられた外側の情報からの影響、同一化であったりします。同一化=自分自身とみなしているので、それが受け入れられたり拒否されるたびに、感情は反応します。そこに、第4身体(メンタル体)で生じ始める気づき、観照が入る隙間がない事で、今、自分がどんな次元にいるかをチェックする事が出来ます。この第4身体(メンタル体)の幻や夢には、肉体を離れた後も巻き込まれ続けたりもします。

 それと同時に、第4身体(メンタル体)の次元はゴールではなく、道の通過点なのですね。

 サトルアナトミー、メタフィジカルヒーリング、エネルギーワークの世界では、第4身体(メンタル体)であるメンタル体は、ハートと対応しています。
 エネルギー的に天と地の中間にあるハートは、その異なる次元において、様々な特質を持っています。例えば、愛、調和、平和、あるがままの価値を認める事、愛を与えたり受け取ったりする事、理由や条件のない感謝や信頼……。
ハートは、特定の何かを選んだり、他の何かを拒否する事なく、ありのままの全体性を許し、ただ無条件で受け入れ、抱きしめる座なのです。

 そんなハートは、時と共に変化していく外側の動きの世界とつながりながらも(世捨人となる事なく!)、同時に、時を超えた内なる中心の静けさともつながって、霊的プロセスを安全に進んでいく上で、役立つ仲介者となります。
 天と地の両方と関わり、それらを結ぶハートが持つ特質上、ここから霊的プロセスをスタートする事は、エネルギーボディ(サトルボディ)のバランスを崩したり、極端な偏りに引っかかってしまう事なく、安全で、楽で、簡単なのです。これは、ヒーリングやセラピーをしていく上でも同様で、クライエント、セラピストが、共に安心で安全なスペースに在り、尊重する事を助けてくれるでしょう。

 ハートのスペースにいる、決してクライエントを害さない、傷付けない在り方は、セラピーやヒーリングの大切な基本です。一部の特殊な技法でない限り、少なくとも、クライエントがセッションルームを出て行く時、来た時よりもダウンしていたり悪化していたなら、セッションの在り方自体を見直すサインだと言えるでしょう。

 メンタルな領域への同一化を超えて、中心のスペースにくつろいでいく「扉」としてのハート。扉になり得るハートの肯定的な特質を刺激してくれるマウントフジフラワーエッセンスに、モモがあります。
 モモは、与える事と受け取る事の循環、愛の分かち合いをサポートしてくれるフラワーエッセンスです。このフラワーエッセンスのハートへの刺激が、ハートのドアを開き、ハートの特質が動き出すきっかけとなってくれるのです。
 また、モモは、セラピストやヒーラー等、他者のケアに携わっている人にも役立ちます。人々と関わる時、愛と尊敬を忘れないサポートに。ボディワークに使うと、ハートの癒しのエネルギーを、力強く動かしてくれるでしょう。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第49回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―11》
 その魅惑に捕えられたまま終わってしまうかもしれない危険性から、古からの、とりわけ東洋の修行において、そこにエネルギーを注がぬようにと伝えられてきた第4身体(メンタル体)の領域。それは、その次元がゴールではなく、道の途中である、という事を意味しています。

 下位の次元から自由になったこの天使的な、あるいは、その対極となるかもしれないこの次元に到達したとしても、気づきがなければ、そこに長く留まってしまうかもしれません。肉体を持っていたとしても、いなかったとしても。

 と同時に、この第4身体(メンタル体)の次元では、下位のエネルギーボディ(サトルボディ)では芽吹いていなかった、思考から離れて観照する質、気づきの質が生じてもきます。
 そのような視点から見ると、通過の為の橋、踏石の可能性として、第4身体(メンタル体)を位置付ける事が出来るでしょう。・・・そんな事を、これ迄書いてきました。

 地上で肉体を持ちながらこの次元を超えていく事を通して、私達は、次なる次元へと上昇していく事が出来ます。そして、それには、第4身体(メンタル体)に対応するハートの働きに、大きな可能性を見い出せるでしょう。

 ハートは、上位と下位の間をつなぎ、上昇したり下降したりと、あるいは、内と外の両方へと、関わっていける広がった次元です。
 あらゆる方向に延びた無数の道が交わるポイントのように、あらゆる方向性、次元とつながれる座。時には多角的に、時には同時に、時には時空を超えて。

 中心で輝くと共に、内外の境界線を超えているとも言えるハートは、ありのままの全体性を受け止めます。そこは、集中、努力、選択、コントロールといったものとは無縁の座であり、ひとつの道だけに留まらず、全てに対して、無条件に開かれています。
 その中心は、何があっても許される場、何でもがあっていい場です。あるいは、何もない場、全てが回帰していく場、溶け込んでいる場、時空や変化を超えた場、という言い方も出来るかもしれません。直線的な時間軸、距離や大小の空間、理由付け、つじつま、といったものからは、そこは全くの自由です。

 実際、それは、どの次元の核にも存在するもの。でも、ハートからスタートし、その中心にくつろぐ事は、他の上位や下位のエネルギーボディ(サトルボディ)やチャクラの背後にも同じくあるそのスペースに、よりスムーズに気づいていくきっかけとなるでしょう。ハートは、他の座からスタートするよりも、安全であり、簡単であり、制限なく拡大していく事が出来るのです。
 また、その調和と安定のエネルギーは、他の次元を整えると共に、全体にハーモニーと一体感をもたらしてくれる仲介者でもあると言えるでしょう。

 ハートには、人としてこの三次元世界で肉体を持つ私達が、人としてこの世界に在るからこそ、同時にそれを超えているという可能性が秘められているのです。

 ハートから始める時、ハートを動かし、開放的にしてくれるマウントフジフラワーエッセンスに、ツバキがあります。
 ツバキは、古来より日本人に愛されてきた花。日本の歴史の中で、宗教的事柄と関係が深い花でもあります。欧米でも愛されているツバキですが、一重のツバキを、欧米の人々は華やかでないと、ほとんど目もくれないのだそうです。
 でも、一重のツバキのエネルギーを持つこのフラワーエッセンスのキーワードは、ダンシングハート!ツバキの持つ楽天性、この瞬間を楽しむエネルギーは、全てを肯定的なものへと変容してくれます。何の理由もなく!
 生の中に求めるものは、あなた自身がそこにエネルギーを与え、創造していけるというシンプルな奇跡を、このフラワーエッセンスは示しています。
(つづく)


《エネルギーボディ(サトルボディ)とチャクラについて 第50回目の原稿より 第4身体(メンタル体)―12》
 今回は、第4身体(メンタル体)のお話の最後となります。
 第4身体(メンタル体)には、一般に知られていないものも含め、多くのお伝えしたい側面があり、長くなりました。第4身体(メンタル体)が持つ至福や幻の罠、更なる次元へと上昇する「気づき」の潜在性、ハートの中心の可能性……。

 第1身体(フィジカル体)が微細になったものが第2身体(エーテル体)、第2身体(エーテル体)が更に微細になったものが第3身体(アストラル体)と、第1〜第4身体(メンタル体)への次元は、階段のステップを一段一段上がっていくかのようです。その階段は、大きくひと括りに分類すると、同じ階にある連続したもの、という言い方も出来ます。
 つまり、第1〜第4身体(メンタル体)への移行は、微細になっていくと共に、同じフィールドの、同じ次元の、大きなグループとみなす事も出来るのです。

 とはいっても、7つのエネルギーボディ(サトルボディ)の中間に位置する第4身体(メンタル体)は、第1〜第3身体(アストラル体)とは趣が違います。階段を上った踊り場のような、同じ階の最後にある、上と下との境界でもある特別なこの次元から、やっと下位の3つの身体は調和し、ひとつにまとまれる可能性を持つのです。ここから見下ろせば、下の3つの身体のステップと、ステップごとの広がりを見渡す事が出来ます。

 少し神秘的な視点から言うと、私達だけでなく、第4身体(メンタル体)の次元を超えた存在にとっても、肉体があるなしに関係なく、この次元は大切です。
 例えば、この地上に聖なる働きかけを行う存在がいると仮定したら、その働きの為には、橋を架ける何かがないと、高次の次元だけでは難しいのです。
 第4身体(メンタル体)的次元は、個人の霊的成長にとっても、大いなる働きかけにとっても、両者をつなぐ意味合いにおいても、集合的事柄にとっても大切なのです。

 どちらにもつながれる、第4身体(メンタル体)次元という踊り場。その次元のエネルギー中枢であるハートの中心のスペースを核に、様々な次元へと広がっていく方法は、安全で、安定しています。

 また、第1〜第4身体(メンタル体)の次元は、二元性、対極の次元です。第4身体(メンタル体)の次元にも、思考と思考の不在という、来ては去って行く波があります。それと同時に、二元性を超えていく可能性が芽吹くのも、第4身体(メンタル体)からです。

 たまたまご質問を頂いたので、エネルギー解剖学の視点から例を挙げると、フラワーエッセンスの古典と呼ばれる「バッチ博士のフラワーエッセンス」は、第1〜第3身体(アストラル体)、時には第4身体(メンタル体)の水平的次元に作用すると言えます。
 そこでは、思考、感情の調和と不調和、ポジティブとネガティブという二元性の次元に対して働きかけていきます。その為、時として、寄せては返す波のように、同じ次元の中での水平的な繰り返しが起こるかもしれません。

 90年代に入り、集合的な霊的進化への呼応から世界中で誕生したフラワーエッセンス達が、バッチ博士のフラワーエッセンスとは趣が違う事は、体験的にも様々な人に言われています。一般的にはやっと知られてきたところですが、スピリチュアルへと意識が向かっている人達の中には、バッチ博士のフラワーエッセンスは古い、充分でないという人もいます。人ってこれだけじゃないんだ、もっと全体性になりたい!そんな魂の叫びが聞こえてきそうです。

 私個人としては、作られた時代や意識は違っていても、バッチ博士のフラワーエッセンスの今迄とは違った次元の新しい可能性が、「この時代だからこそ」やっと開かれてくるとも思っています。
 その鍵は、二元性を超えていく可能性が芽吹く第4身体(メンタル体)の中枢であり、あらゆる次元への橋渡しが可能なハート。セラピーやカウンセリング的な要素が、その枠や制限を超え、メンタルを扱いながらスピリチュアルへと上昇し、より微細な次元での変容をうながします。
 エネルギーヒーリングへと昇華する事で、内在しているバッチ博士のフラワーエッセンスとクライエントの、新しい変容の次元が開かれます。

 そういった可能性から、2009年2月期の「バッチ博士のフラワーエッセンス基礎講座(東京夜間)」から、また、その後の2009年5月期の「バッチ博士のフラワーエッセンスプロ養成講座(東京集中)」から、エネルギーヒーリングの新カリキュラムが組み入れられました。
 エネルギー理論、エネルギーヒーリングシステムを学び、エネルギーワークとしてのフルセッションを習得します。