マウントフジフラワーエッセンス 基礎講座 体験談
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〜マウントフジフラワーエッセンス基礎講座体験談〜
ぽとす
掲載日: 2004年 12月 9日 

【はじめに】
毎回、項目ごとに問題と向き合いエッセンスを選んでいく楽しさを感じていた。そこでそれぞれの回で感じたことを自分の変化とともに回ごとに振り返ってみたいと思う。

【講座1回目 第1チャクラ オオケタデ】
エッセンスを選ぶ前にふたつのエクササイズを行った。最初のエクササイズ中は、様々なことに思いをはせながら感動を覚えた。
その後は他の人のエネルギーを感じるエクササイズを行なった。ふわっ、とあたたかい感じがして何かに守られているような気がした。そこで思ったことをシェアリングの時にいちかばちか相手に伝えてみると、実際に当たっていて「うまく感じることが出来た!」と自信のようなものがわいてきた。講座を重ねると実はうまく出来なくて落ち込むこともあるのだがそれは後に記すことにして・・・多分この時はまだ1回目なので考えすぎずエクササイズに集中できたのが良かったのだと今は思う。さて、私のエネルギーを感じてくださった方の感想では、嬉しくなる。感じようと思えば、媒体を通してでも何らかの意思を発していることを感じることが出来るのかもしれない。

エクササイズをしたことで、手の平からエッセンスのエネルギーを感じるリーディングは割とスムーズに進めることができた。あたたかく、何故か泣けてくる感じがした。悲しみや怒りで出る涙ではなく、深い昔の何かを思い出して涙ぐんでしまうような感覚だった。選ばれたのはオオケタゲ。日常と霊性の統合。自分では現実を普通に楽しんでいるつもりだったので「何で?」と正直思った。
・・・家に帰って夫に「こういうボトル選んだよ」と説明すると「ぴったりだね」と言われた。フラワーエッセンスがアロマの親戚ぐらいに思っている夫いわく、「そういう癒しのことを学ぼうとする理由には現実に何か不満でもあるのか?」と。最近、テレビを一緒に見たり会話したりするよりも関連本を読み漁ったりパソコンで調べ物をしていたりと「行き過ぎている」感じが気になっていたらしい。そう感じさせてしまうのを自覚していなかったことを考えると、確かに日常と霊性の統合が必要だったのかもしれない。自覚していないが実は必要だった、というようなものがリーディングされるとハッとさせられる。

エッセンスを飲む期間は今回2週間だった。その間、短い旅行に出かけた。今まで旅先では疲れると機嫌が悪くなったり観光も投げやりになったりしがちだったが、今回はエッセンスのサポートがあったおかげか積極的に行きたい場所を決めて、観光も身を入れて出来たように思う。良く歩き回ったのもグラウンディングに良かったかもしれない。

【講座2回目 第2チャクラ ヤブカンゾウ】
第2チャクラは他人との関わり合いやセクシャリティの問題など。同性にせよ異性にせよ消極的に接する私にとっては自信がない部分である。身体にあらわれやすい病状も心当たりがある。・・・ふと考えたのは妹のこと。バランスの良い基準点があるとすれば、その基準から振り子がプラスとマイナスに極端に振れているのが姉である私と妹だ。妹は私よりも身体にあらわれやすい病状が重く出ている。第2チャクラを解放するために人々が無意識でしている事柄の例に、うるさい音楽、ホラー映画、と書いてあったのを見てハッとする。私は好まないが、妹は好んで日常的に接している。無意識に彼女は解放をしようとしているのだろうか?今までチャクラの知識がなかったのもあるが、他人を判断する時にチャクラの問題までは考えたりしなかった。振り子が大きく逆端にあると「自分と相手は違う」と思ってしまいがちだが、実は同じところの問題を抱えていることもあるのだと気づく。

リーディングで選ばれたボトルは、ヤブカンゾウ。あたたかくなる感じがした。
その後の誘導瞑想では、実在する人間ではなく、高校生の頃に頭の中でイメージ化した存在と会話した。10年くらい忘れていたが久しぶりに思い出した。『彼』は私が忘れていたことを特に責めるふうでもなく、手をさしだし再会の握手を求めてくれた。「猫になったりして気ままに過ごしているから心配いらないよ」というメッセージをくれた。・・・猫か。これから猫を見かけるたび思い出してしまうような気がする。
ヤブカンゾウはショックの解放や止まったものを動きのある状態へと動かしてくれるという。自覚するような大きなショックはあまり思い浮かばないが、ショックのあとの無関心、無気力状態などには心当たりがある。小さい頃から父の仕事の都合で転校が多く、小学校低学年の頃は友人との別れ、環境の変化に対する不安などでしょっちゅう泣いていた。しかし小学校高学年の頃には回数も重ね、転校があってもあまり泣かなくなっていた。また転校生というのはいじめられることも多いが少し仲良くなり始めた時にやってくる再度の別れ、その繰り返し。今思うと、子供なりに諦めていて別れの辛さを感じないように自分を防御していたのかもしれない。自分の感情を見つめるのは勇気がいる。悲しいけど平気なふりをしたり、腹がたつのに笑ってみたり、しばしば内と外で引き裂かれるような自分を感じる。ヤブカンゾウを飲んで、ちょっとずつ溜まって凍りついたものを溶かしていけたらいいなと思ったら気持ちが少し軽くなった。ふと父が亡くなったあと親戚の家で父の話をしながら泣きじゃくる妹に「泣けていいね」とクールに言い放った自分を思い出した。その時言った妹の言葉が今になって身に沁みる。「泣きたかったら泣けばいいじゃん」・・・その時はムッとして結局泣かなかった。本当は泣きたかったんじゃないのかなぁ、と今にして思ったら不思議と涙がやたらと溢れてきてひとしきり悲しい気持ちもないのに泣きじゃくってしまった。泣いている途中で感情があとからウワッと押し寄せた。感情が解放されて、泣いた後は何故だかスッキリした。たまには人知れず大泣きするのもストレス解消に良いかもしれない。

【講座3回目 第3チャクラ キショウブ、ジシバリ】
第3チャクラで自分に思い当たるのが胃の症状。あまりストレスを感じないタイプだと自分では思っていたが、1年前に初めてのんだ胃カメラで複数の胃潰瘍が出来て治った跡があるのと現在も胃が荒れていることが分かり、身体の症状として自覚したことがある。頭でストレスを自覚していない分、症状として胃に出る時は激しい痛みになる。怒りの感情は外に吐き出していかないと自分の毒になるのだろうか。
宿題として紹介されたひとつ、感情を吐き出すエクササイズを自宅でやってみた。最初はなかなかうまく感情を吐き出せず、客観的に自分を見てむしろ笑いが出てくる。実はまだ「そんなに溜まっている怒りなんて無いや」と思っているところがある。そのわりに時々思い出したように胃痛に苦しむ。なかなか感情を吐き出すのも練習が必要なようだ。

リーディングでは、みぞおちで良い感じが得られるものを選んでみた。キショウブは、ハートに広がってむせ返るほどのエネルギーを感じた。ジシバリは、ふんわりと優しい感じがしていつもそばにおきたい感じがした。
その週は大きな体調の変化もなく過ごせた。勘を使って何かを試みてみましょう、という宿題のひとつを思い出し、出かけた街の路地裏にあえて勘が導くままに入ってみたら、美味しい京風お惣菜のお店を発見したり好きなヒーリンググッズのお店を発見したり良い雰囲気の喫茶店を発見したりした。大雨だったにも関わらず心が何となくウキウキと晴れわたった。その翌日、本格的に台風がやってきて大雨になった日は家でのんびりとDVDを鑑賞して楽しめた。家に居るのも楽しい、外に出かけるのも楽しい、そうありたいと思う。ジシバリが良いサポートになったのではないかと思う。そういえばキショウブはSOHOのサポートにも良いと聞いた。自宅で仕事しているとはいえ独りきりで大きな挑戦をせまられている状況には現在のところなっていないが、その状況になって焦る前の予防としてエネルギーをチャージできたような気がする。

【講座4回目 第4チャクラ ミツバツツジ、ツバキ、シャクナゲ(ピンク)】
第4チャクラの問題で思い当たるのは自己評価の低さ。「素直でおとなしい良い子でなくてはいけない(愛されない)」と真面目に二十歳くらいまで思っていたので、現実の自分がその要素を満たせないから愛されなくて当然と思っていた。現在は周りに自分(良いも悪いも)を受け入れてくれる存在がいてくれてハートはだいぶ安らぎを手に入れているが、たまに自分の意見や行動を否定されると自分自身ぜんぶが否定されたように感じて落ち込むことがある。
今回ペアでのリーディングでは、相手から流れてくるエネルギーをニュートラルな気持ちで受容することが必要だと教わった。相手が必要としているものの感覚がやってくるのを待ちきれず感じようと積極的に意識しすぎてしまった。自分のために自分だけで選ぶのと違い相手に対して選ぶとなると途端に緊張する。相手が選ばれたボトルをどう思うかがとても気になってしまうのだ。ちょっとした顔の表情や言葉などに全神経を研ぎ澄ませ、少しでもOKでないサインを発見しては静かに落ち込む。客観的にみるとまるで自ら落ち込みたがっているように落ち込む要因を自分から探しにいくこの癖は直したい。
自分に選んでもらったミツバツツジ、ツバキ、シャクナゲ(ピンク)は、どれも写真を見たときに優しい気持ちになった。頭で考えてしまうことが多い私に、心踊りハートに翼が生えてこの世の楽園に飛んでいっちゃうかのようなトリプルメッセージはあまりに能天気で少し笑ってしまった。
その週エッセンスを飲んで、やわらかい犬の形をしたビーズクッションをハグしつつお茶を片手に青空をほけっと眺めていると、ほんのり胸の奥からあたたかいものが溢れてくる感覚があった。ホットケーキに沢山メープルシロップをかけたらどんどんケーキにしみ込まれていってさらになお溢れてしまうような、あったかくて濃厚に甘いイメージ。静かにその甘くて幸せな感覚を味わっているとガチガチだったハートが少し広がってそのハートから下のチャクラにシロップがとろりと流れ落ちるようにあたたかいものが降りていく感じがした。

【講座5回目 第5チャクラ ニラ、リンドウ】
第5チャクラの説明を受けていた時、あまりに自分に当てはまることが多くて涙ぐんでしまった。そして講座の最初には小さな咳だったが、だんだんのどが熱くなり咳がこみあげてひどくなってきた。今回はなにかしら浄化反応が出そうな予感がしていた。
リーディングはペアで行った。今回、自分のボトルを選んでもらっている時、寄せて返す波打ち際のイメージが出てきた。揺さぶられている感覚もした。青い、波のイメージの中で、意識がなぜだか幼稚園から小学校低学年まで過ごした海沿いの町へ向かっていた。物心ついてから初めて転校を経験した町。選ばれたのがリンドウとニラだと分かった時、リーディング時のイメージと合わせて「ここがあきらめの始まりだったのかもしれない」と思った。自分の人生の青写真がこの、のどのチャクラに秘められていると聞いた時はさらに心を揺さぶられる感覚がした。卒業文集でよく『将来の夢』を書かされる。小学校卒業の時も中学校卒業の時も何を書いていいか分からなかった。将来の夢なんて書かされなくても高校、大学とすすんでいけば自分の将来について何かは持っているものなのかもしれない、が、私にはあまりにも何もなく今まで生きてきてしまった。なるようにしかならないから、という気楽な面もあったが、自分の「どうしてもこうしたい」という確固たるものがなかったのでなるようにしかならなかったというのが本当のところだ。やりたい事をやっていいよ、というのが一番難しいと感じる子供だった。常に「これはだめ、あれはだめ」と制限されていたように思う。それに従っていれば「自分は良い子」と安心していられたのだ。そんな考えがドドッと頭をかけめぐってやりきれなくなった。
今回、選ばれたエッセンスのボトルを何度すがるような思いで手にしただろうか。講座の翌日からだんだん咳がひどくなり、熱も出始めた。いつもだったら薬を飲んで寝れば治るのだが、今回は全然熱が下がってくれない。とうとう38度を超えて3日ほど完全に寝込んでしまった。体中が熱くて特にのどが焼けるように熱い。病院で診察を受けると主に気管支炎ですねといわれる。まさに第5チャクラの場所ではないか・・・偶然にしても今回は心も揺さぶられるうえに身体まで何かを浄化しようというパワーが暴れまわっているようでどうにもならなかった。寝込んでいる時にはことごとく昔の事を夢に見た。夢なので色んな転校先の友達が学校も年代も違うのに同じ学校で通っていたりした。私はそのときどきで高校生だったり小学生だったりするのだ。転校した先々で色んな人がいるはずなのに、友達として選ぶのは毎度同じようなタイプだったりする。私はいつも少し勝気な人の後にくっついて自分を主張せずに遠慮していた。波長の合う穏やかな人を友達にしたいと思っても、自分からはアクションを起こせずにいた。夢の中では多少、現実では言えなかった自分の主張なんかもして自由に行動していたと思う。自分の主張をして対立することもあるが、真っ向からケンカして泣き叫んで・・・現実ではありえないような激しい出来事も夢の中でここぞとばかりに勃発した。もう熱も咳も勘弁してくれ・・・と心身ともに打ちひしがれる時もあれば、寝すぎてたまに夢と現実がごっちゃになって「思うまま行動してやったぞ!(夢で!)」という高揚感でハイテンションになったりした。ほとんど寝てばかりだったが何故か『何かを乗り越えた』変な達成感がある。

【講座7回目 第7チャクラ ボタンヅル、ツリガネニンジン、ハリエンジュ】
教室で講座を受けていると風邪も治ったばかりなのに、とにかく鼻水が出て仕方がなかった。不思議な事に教室を出て帰るときは出なくなった。場の浄化エネルギーというものもあるのだろうか?今回は第7チャクラ。第5でつかえた自分にとって第7はとても未知の世界に思える。
リーディングはペアで行った。過去を癒しながら必要なエッセンスを選ぶ・・・クライアント役への語りかけ方などが難しい。鼻がつまっているのが気になってリーディングどころではない意識が片隅にあった。自分がどっちの役をするにしろ、体調管理は絶対大切だと痛感した。
さて、自分がクライアント役になった時には、大学生の頃の自分までさかのぼった。サークルのリーダーを担当していたのだが、その年に父が死んで色々とバタバタしていてサークルのほうに気持ちが全く奮起できなかった・・・というのは言い訳で、そこに自分だけが落ち込み周りに協力を頼むこともせず、常に皆から責められている被害者意識に凝り固まっていた自分。その自分をイメージした時、胃がつぶされる重さとキリキリする痛さを感じた。当時どうやって毎日過ごしていたのかあまり記憶にない。覚えているのは、その当時みた夢。夢の中で座り込んでいる自分。何も言わずに周りに立っている人間の顔を見上げられず、うつむいてただ謝っていた。怖くて一歩も動けない、そんな夢を再び思い出していた。ひととおりボトルのエネルギーを感じたうえで選ばれたエッセンスを全身に深く感じた時には、うすい藤色の光が全身を優しく満たしている感じがした。自分を癒すために、『自分の意識だけに囚われず客観的に判断すること、何かを成し遂げるには自分だけでなく周りに助けを求めることが必要』という学びを得た。また、周囲の人は悪意で何もしてくれなかったのではなく、助けを求める私のアクションを待っていてくれたのだ、と思うことですっと気持ちが楽になった。何でそう思えなかったんだろう、という思いが当時の縮こまっている自分のイメージに伝わると、座り込んでいる自分に今の自分が手を差し伸べに来てくれたように感じて「救われた」と思い、涙がぶわっと溢れてきた。ハイヤーセルフから、オレンジ色の透明なガラスのような水晶のような丸っこい石をプレゼントされた。石好きなので嬉しい。大事にしまっておこう。選ばれたのはボタンヅル、ツリガネニンジン、ハリエンジュ。個人的にハリエンジュ多めに味わいたい気分。

【講座6回目 第6チャクラ オオイヌノフグリ】
第5回目の講座後、体調を崩してしまったので後日補習で学んだ。今回は第6チャクラ。第3の目のチャクラというだけあって、ただ『見る』ことのレッスンをした。あえて普段と違った感じで物を見るのは難しい。頭が空っぽになっていないのか。ろうそくの炎がユラユラしているのを見ているうちに少し落ち着いてくる。似た気持ちになるものが他にもある。すごく晴れた日の、日光がユラユラしている感じ。凪いだ湖面がユラユラ日光を反射している感じ。微動している光は何か心を落ち着ける作用でもあるのだろうか。今回は、第3の目のチャクラからボトルのエネルギーを感じて良いものを選ぶ。優しい波のように通り抜ける感じがしたので選んだオオイヌノフグリ。第5で大きく揺さぶられて第7でついていけなくて「うわぁどうしようどうしよう」と少し困惑気味だったのを、オオイヌノフグリが「まぁまぁ」と落ち着かせてくれると良いのだけれども。激動の第5の次にこの穏やかなエッセンスで自己の調整をしたかった・・・出席できなかったことが悔やまれる。

【講座8回目 男性性と女性性 イタドリ】
6回目の補講に続いて、8回目。男性性と女性性を学ぶ。自分の中の女性性・男性性ともにイメージ像をみていった。女性性は・・・中国かどこかアジア圏の肝っ玉母さんだった。黒く長い髪をまとめ、綿か麻の素朴な服を着ている。子どもが3〜5人。市場で主に食料品を売っている。夫の存在は不明。毎日を生きることで精一杯だが、可愛い子どもたちが宝なので生き生きと自分のためというよりは子供たちのために生きている。その生活に満足はしている、が、時々は、自分ひとりだけの人生だったらどういう風に生きていただろうかと自由へのあこがれを抱いている。名前の響きは『オウレン』蓮という字がうかんだがオウは王かどうか分からない。
対して男性性は・・・アメリカかカナダかどこかの西洋風出で立ち。場所は少し砂漠地帯かと思う。馬に乗って放浪の旅をしている。故郷はあるが今のところ戻るかどうかわからない。妻も子供もいるのだが。何を求めているのかただ遊んでいるのかハッキリしないが、自分のために生きていることを満喫している。たまに残してきた家族のことを思って酒を飲む。だったら帰ればいいのに何かをやり遂げてからでないと今更帰れないという気持ちもある。自由で明るく振舞っているが一方で空虚さも感じている。名前はヘンリー。
二人が話をすると、最初は国が違うので特にオウレン(女性性)の方が「何言ってるのか分かんないわよ!」というような文句を言っていたが、放浪しているだけあってヘンリー(男性性)の方が片言ながらなんとか何とか身振り手振り交えて会話をすることが出来た。お互いの環境があまりに違うので、相手のことを羨ましく思ったり尊敬したりするが「まぁ、自分たちは自分でこの生き方選んだからね」と自分自身の生き方を肯定するような結論に至った。よりパワフルなオウレン(女性性)にイタドリをリーディングしたとき、かーっと熱くなる感じと、ワクワクする感じがあった。もともとパワフルなオウレン(女性性)にイタドリを与えたら余計パワフルになってしまいそうで怖い。イタドリはリーダーとしての自信を喪失した時に良い・・・?7回目で癒したはずの過去の痛みがまさに『リーダーとしての自信喪失』だった。まだ癒えてなかったのだろうか。こういうシンクロは本当に不思議でならない。
今週は仕事がいつもより忙しく、厄介な出張修理もあった。パワフルにやり遂げられたのもイタドリのサポートのおかげかなと思っている。

【さいごに】
「マウントフジフラワーエッセンス基礎講座」を受講して、初回からの内容の深さに驚いた。その直前に受けていた「バッチ博士のフラワーエッセンス基礎講座」では基礎という名前どおり色々な技法をまずはやってみましょう、という外的な世界を広げることが多かったように思えたが、「マウントフジフラワーエッセンス基礎講座」では一転、内的な世界を否応なしに広げることとなったように思う。自分の内面を深く掘り下げた分その深いところまでちゃんと浸透していく感じがして、それと同時に、深く掘り下げられなければ緩やかに先回りして掘りやすくしてくれる感じもした。講座を受講し始めてから日常生活の中で変化したと思うことは、あまり内面がざわざわしなくなったことだ。ざわざわというのは、落ち着かないようで苛立つような我慢できかねる中途半端に不快な感覚全般のことをイメージしているのだが、その感じが減ったことで毎日を実に穏やかに平和な気持ちで生活できるようになったと思う。さらに、ワークをしていく過程で『自分は守られている』という感覚を得たり、グラウンディングやセンタリングの大切さを学んだことで意識を『今』に向けられるようになったりしたことも良い方向に進んでいけた理由だと思う。また、エクササイズで瞑想を沢山学んだが、そもそも瞑想自体をおこなったことがなく「マウントフジフラワーエッセンス基礎講座」で初体験だったので、十分にエッセンスのギフトを受け取れなかったのではという無念さがあった。とはいえ、いきなり全てがバランスの良い人間にはなれないだろうから、ゆっくりとじっくりと自分と向き合いながら、瞑想も少しずつ出来るようになって、これからも日常的にマウントフジフラワーエッセンスに触れていきたいと思う。

サンバドさん、パビットラさん、いつも丁寧で細やかなご指導、本当にありがとうございました。